悪役が弱々しい！？スターウォーズ新３部作は、２１世紀を生きる私達へのメッセージ

昨年末に全世界的な興奮をともなって発売された『フォースの覚醒』のDVD, Blu-rayが、2016年5月に早くも発売され、レンタルショップを賑わせている。

10年ぶりに公開されたシリーズの新作は、多少の批判は伴うものの、おおむね好意的に受け止められた。この好評価の一因としては、99年から2005年にかけて公開されたシリーズがあまりに最初のシリーズと雰囲気が異なっていたことにより古参のファンの失望を招いてしまったことを意識して、スターウォーズの最初のシリーズが持っていた雰囲気を丁寧に再現したことにあると言って良い。

監督に抜擢されたJ・J・エイブラムスは、旧三部作にのために起こされたデザインも多く流用しながら、狙い通りにこの新作をスターウォーズの「正しい」続編として認識させることに成功した。彼はドラマ界の人として認識されがちだが、映画に進出してからは、その2作目がアクション過多で批判されていた『ミッション・インポッシブル』シリーズを復活させその後のシリーズ化への道筋をつけたり、『スーパー8』で70~80年代のスピルバーグの作風を再現したりと、ファンが見たがっているものをスクリーンに映すことに長けていた。スターウォーズでも旧作のファンの心を掴み、面目躍如といったところだろう。

しかし一方で、『フォースの覚醒』は必ずしも懐古主義にのみ依拠した作品ではない。

『フォースの覚醒』は綿密に計算されたプロットとキャラクター設定に裏打ちされた、21世紀的な物語である。この作品はあたかも80年代に作られた続編のようにも見える一方で、実は2010年代でなければ描かれなかった要素を多くもっており、それこそが作品の力強さになっている。

それは、一地域を支配するにすぎない勢力が全銀河に影響を及ぼし、未成熟さを抱えたキャラクターがそこで強さを誇示しているという点である。
ここからは核心に触れるので、作品を鑑賞後にお読みいただきたい。

最初の三部作は帝国を倒す物語である。

これは歴史上繰り返されてきた古い権力の転覆のアナロジーである。20世紀にも戦後多くの地域が強大な国家から独立を果たしており、スターウォーズの最初のシリーズが制作されたのはその記憶がまだ新しかった時代だ。帝国の打倒、強権からの独立は無条件で良いことであった。そのような時代に作られたスターウォーズにおいて、強大で可視的で冷酷な権力の象徴として描かれたのが、ダース・ヴェイダーであった。

2010年代に『フォースの覚醒』を制作するにあたり、製作陣は悪役の造形に悩んだに違いない。銀河帝国は本来すでに敗北していて、ダース・ヴェイダーはすでに死んでいる。あらたな悪役はダース・ヴェイダーと比較されることを免れないが、ダース・ヴェイダー以上に畏怖されるキャラクターを作り上げるのはおおよそ困難である。そして現実の世界も大きく変わってしまった。20世紀的な世界観は過去のものであり、人々が恐れるのは強大な国家権力ではなく、テロリズムに代表される無秩序な混乱である。その意味でも、ダース・ヴェイダー的なキャラクターは、もはや現実感をあまりに欠くだろう。

そこで製作陣が作り上げた『フォースの覚醒』の世界は、悪役はあくまで「帝国の残党」から出てきた組織として位置付けられ、そのアイコンとなるキャラクターであるカイロ・レンは弱さを抱えたキャラクターとして描かれた。カイロ・レンはマスクをしているにもかかわらずすぐにその素顔は若々しい青年の素顔を晒す。ダース・ヴェイダーの顔がずっとわからなかった最初の三部作とはきわめて対照的なキャラクター設定だ。そしてカイロ・レンのハン、レイアとの血縁は、ルークとダース・ヴェイダーのように衝撃的で運命的なものとは位置付けられていない。

これこそが、生まれたばかりの自称「国家」でありイラクからシリアを瞬く間に制圧したイスラミックステートに世界が悩まされており、そこでナイフをもち顔を晒して強さを誇示する若者の親族はヨーロッパでインタビューに応じる、というような、混乱する21世紀的な世界のアナロジーである。悪は強大ではなく、屈折した善である。もちろん、ダース・ヴェイダーも善なる部分は持ち合わせていたが、その善はあくまで失われていた要素であった。一方でカイロ・レンは揺れ動く存在であり、善なる部分を容易にのぞかせる（偽悪的に振舞っているような節さえある）。

ハン・ソロ・フィギュア

ハン・ソロがカイロ・レンと向かい合うとき、カイロ・レンは「ずっと苦しかった」と字幕に訳された言葉を発するのだが、このとき英語では”I’m being torn apart”と言っている。torn apartというのは２つに引き裂かれてきたという意味を含んでおり、自己同一性の深刻な危機を示唆する言葉になっている。カイロ・レンが葛藤を断ち切ってこのあと悪に傾いてしまうことは、この分裂状態の（無理矢理な）解消を意味しているのだが、彼がカイロ・レンとして帝国の残党、ファースト・オーダーの側に付く理由として、両親からの承認不足があった可能性もうかがえるだろう（この承認不足から生まれる悪、というキャラクターは、2010年代の映画のトレンドなのかもしれない。007シリーズでひじょうに高い評価を得た『スカイフォール』の悪役も、ボンドと同一のMI6を出身とするキャラクターであり、復讐相手であるMに屈折した愛着を示すなど、『フォースの覚醒』におけるカイロ・レンの類似性を見て取れる）。

カイロ・レン・フィギュア

悪役が弱々しい、というのは『フォースの覚醒』をネガティヴに評価する意見としてありうるが、この弱さを容易に見せてしまうキャラクター以外に、現代におけるスターウォーズのあらたな魅力ある悪役は存在しえなかったであろうし、新シリーズをこの2010年代においても圧倒的に魅力的にするもっとも重要な要素のひとつになった。

この、揺れ動く善と悪という要素は、ファースト・オーダーから共和国側へ亡命するフィンのキャラクターにも通ずるが、だからこそ(いまのところ)孤立して善悪に関係ない場所で暮らしてきたレイの運命性が際立っている。

だからこそレイの初登場の場面はかなり丁寧に作られている。廃品を集め、それを磨くときに老女を一瞥する、磨いた廃品を売って手に入れた食料を独りで食べながらヘルメットを被って宇宙船を見上げる、という数分間のシークエンスで一切セリフがないにもかかわらず、観客は彼女の孤独さと純粋な夢を理解できるのだ。

この彼女のキャラクターの純粋さが、今後のエピソードにおいてもカイロ・レンとのコントラストをうみ、物語を駆動して行くことは想像に難くない。この新シリーズは、純粋さと運命性を内包するレイが、21世紀的な分裂や混乱に立ち向かう、あるいは修復する、という物語になるかもしれない。それは、同時代的な観客の目線にもなるかもしれない。いずれにせよ、われわれ観客は21世紀を生きる現代的な感覚で、今後もこの新シリーズを楽しむことが出来るだろう。